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高松地方裁判所観音寺支部 平成4年(ワ)40号 判決

主文

一  訴外亡吉田正義が昭和六二年一二月六日にした別紙第一遺言目録記載の遺言は、無効であることを確認する。

二  被告は、原告糸川惠美子、同長尾利美に対し、別紙第一物件目録記載の各土地につきなされた高松法務局観音寺支局平成四年九月一四日受付第九二二八号の、別紙第二物件目録記載の土地につきなされた同支局平成四年九月一四日受付第九二二九号の、別紙第三物件目録記載の土地につきなされた同支局平成四年九月一四受付第九二三○号の各所有権移転登記を、原告糸川惠美子、同長尾利美の持分の割合を各八分の一とする所有権移転登記にそれぞれ更正登記手続をせよ。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

一  請求の趣旨

主文同旨

二  事実関係

1  請求原因

(一)  訴外吉田正義は、平成三年一一月一五日、死亡し、原告ら、被告及び訴外森野利子、同吉田ミナエが訴外吉田正義の遺産についての法定共同相続人である。

(二)  被告は、平成四年九月一四日、訴外吉田正義が作成した昭和六二年一二月六日付の別紙第一遺言目録記載の遺言(以下「第一遺言」という。)に基づき、別紙第一ないし第三物件目録記載の各不動産につき、相続を原因として被告名義に所有権移転登記を経由した。

(三)  しかし、平成二年三月四日付の別紙第二遺言目録記載の遺言(以下「第二遺言」という。)には、「この遺言書以前に作成した遺言書はその全部を取り消します」の記載が存在する。

(四)  第二遺言の右記載により、第一遺言は、その効力を失った。

よって、原告らは、被告に対し、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

2  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)ないし(三)の事実は認める。

(二)  同(四)は争う。

3  抗弁

(一)  訴外吉田正義は、平成二年一一月八日、「糸川恵美子に渡した遺言状は全て無効とし田岡弁護士のもとで作成したものを有効とする」と記した遺言書(以下「第四遺言」という。)を作成した。

(二)  第四遺言は、第一遺言の内容を訴外吉田正義の遺言の内容とする新たな遺言である。

(三)  (予備的主張)

訴外吉田正義の意思が、第四遺言に記載のある「田岡弁護士のもとで作成したもの(第一遺言)」を復活させるものであったことは客観的に明らかであるから、民法一○二五条但書を類推適用して、第一遺言が復活し、これが有効となる。

4  抗弁に対する認否

(一)  抗弁(一)の事実は認める。

(二)  同(二)(三)は争う。

三  当裁判所の判断

1  請求原因

(一)  請求原因(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  民法一○二二条によれば、第一遺言は、第二遺言により撤回されたことになり、第一遺言の効力は、存在しないこととなる。

2  抗弁

(一)  抗弁(一)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  同(二)について

(1) 民法一○二五条本文で、遺言の撤回の撤回によっても遺言の効力を回復しないとした。これは、遺言の撤回により撤回された遺言は、初めから成立しなかったことになるのであるから、撤回行為を撤回したとしても前の遺言の効力を復活させることはできないということであり、遺言者が前の遺言と同一内容の遺言をしたいのであれば、さらに右同一内容の遺言書を作成することにより、その目的を達することができる。

(2) 右に述べたところよると、訴外吉田正義に第一遺言と同一内容の遺言をしようという意思が存在したのであれば、第二遺言をした後、民法の規定する方式により、第一遺言と同一内容の遺言書を作成する必要があったところ、これを作成したことを認めるに足りる証拠はない。

(3) そして、被告が指摘する第四遺言の「田岡弁護士のもとで作成したものを有効とする」との記載のみで第一遺言と同一内容の遺言をしたものということはできない。

(4) したがって、抗弁(二)は理由がない。

(三)  抗弁(三)について

(1) 証拠(甲七ないし一○号証の各1、2、甲二五、二六号証の各1、2、乙一号証の1ないし3、乙三、四号証、証人吉田ミナヱ、原告糸川惠美子本人、被告本人)を総合する次の事実を認めることができる。

ア 第二遺言では、第一遺言を撤回するとともに第二遺言自体に遺産を構成する不動産等をそれぞれ誰に取得させるかを記載している。

イ 訴外吉田正義は、第一、第二及び第四遺言の他、平成二年五月九日付の別紙第三遺言目録記載の遺言(以下「第三遺言」という。)をし、また、平成三年五月二七日ころにも遺言書を作成しようとしている。

ウ 訴外吉田正義は、右イのとおり、数回遺言をしており、周囲から言われると、その時その時の思いで次々と遺言を作成していく状況にあった。

(2) 右認定の事実を総合して検討すると、訴外吉田正義は、昭和六二年一二月六日から平成三年五月二七日までの約三年半の間に少なくとも五回遺言書を作成し、または作成しようとしており、第一遺言だけを終局的な遺言としてその効力を発生させようという意思まであったものということはできない。

そして、第四遺言以外の遺言(第一ないし第三遺言)では、訴外吉田正義の遺産のそれぞれについて誰に取得させるかを個々に記載し、又は、個々の遺産を取得させるべき者を訂正しており、平成三年五月二七日付の遺言をしようとした際にも特定の遺産について取得させようとする者を記載している。これに対し、第四遺言だけが、個々の遺産についてこれを取得させるべき者の記載がなく前記(二)(3)のとおりの記載があるにすぎない。

以上のような本件において、訴外吉田正義において第四遺言で第一遺言を復活させようとする意思が認められる(証拠(乙五号証、被告本人)により認められる。)としても、第四遺言の「田岡弁護士のもとで作成したものを有効とする」との記載等から、民法一○二五条但書を類推適用して第一遺言を復活させることは、同条本文の立法趣旨(遺言の撤回行為の撤回によっても原則として先の遺言の効力を復活させないこととするのが、他の遺言との矛盾を避け、遺言の内容をできるだけ明確にしておくことができる)から相当でないといわざるをえない。

(3) したがって、抗弁(三)は理由がない。

3  以上のとおり、原告らの請求は相当であるからこれを認容し、主文のとおり判決する。

(別紙)

第一遺言目録

一 長男利正は私(遺言者)の所有する預貯金及び現金うち後記合計金一五○○万円お除くすべての預金及び現金を相続させる但し管理人は妻ミナヱにまかせる

二 長男利正には遺言者の後継者として先祖の祭祠をさせ次の物件を相続させるなお遺言者に負担する債務がおれば全額長男利正が承継する

(1) 観音寺市観音寺町字大開甲壱七七四番(登記名義吉田イヱ)田六○八平方メートル

(2) 同所甲壱七七五番弐

宅地 壱七壱・九○平方メートル

(3) 同所甲壱七八四番弐

宅地 七六参・四○平方メートル

(4) 同町字下津甲壱八○○番壱

宅地 弐○壱・六壱平方メートル(登記名義人 吉田利吉)

(5) 同所甲壱八○○番六

宅地   参・参○平方メートル(登記名義人 同上)

(6) 同所甲壱八○参番壱

田  四壱参平方メートル

(7) 同所甲壱八壱壱番壱

田  五五弐平方メートル

(8) 同所甲壱九参弐番壱

田  壱壱四平方メートル(登記名義人 同上)

(9) 同所甲壱九参弐番六

田  参八八平方メートル(登記名義人 同上)

(10) 同町字下柳甲参○壱五番壱

宅地  五壱・壱参平方メートル

(11) 同所甲参○弐○番弐

宅地 壱六五・参六平方メートル

(12) 同町字大開甲壱七八四番地弐(家屋番号乙六弐四番)

木造瓦葺二階建居宅

一階 六九・○弐平方メートル

二階 六九・○弐平方メートル

(13) 同町字下津甲壱八○○番地の四(家屋番号甲壱八○○番四)

木造瓦葺二階建店舗・居宅

一階 六八・六六平方メートル

二階 五○・九四平方メートル

(14) 同町字下柳甲参○壱五番地壱(家屋番号甲壱五五番未登記)

木造瓦葺二階建店舗

一階 五九・五○平方メートル

二階 五九・五○平方メートル

附属建物符号1木造瓦葺平家建

六・六壱平方メートル

(15) 同所甲参○弐○番地六(家屋番号甲壱五四番未登記)

木造瓦葺平家建店舗

六参・四七平方メートル

(16) 同所甲参○弐○番地七、甲参○弐○番地八(家屋番号甲壱五参番未登記)

木造瓦葺二階建居宅

一階 五壱・弐参平方メートル

二階 五壱・弐参平方メートル

附属建物符号1木造瓦葺平家建

六・六壱平方メートル

(17) 観音寺市観音寺町字下柳甲参○壱五番七

宅地  参九・弐六平方メートル

(18) 遺言者が居住する家屋内にある什器備品その他の動産一切

三 長女糸川恵美子にわ、婚姻の際、応分の資金を補助してあるので次の物件を相続させる

(1) 観音寺市観音寺町字下津甲一八○○番四

田(現況宅地) 壱弐弐平方メートル

(2) 預貯金及び現金のうち金五百万円。

四 次女森野利子には婚姻の際、応分資金を補助してあるので次の物件相続させる。

(1) 観音寺市観音寺町字下柳甲参○壱五番弐

宅地  七○・壱四平方メートル

(2) 預貯金及び現金のうち、金五百万円。

五 三女長尾利美には、学資及婚姻の際、応分の資金を補助してあるので、次の物件を相続させる。

(1) 預貯金及び現金の内、金五百万円。

六 この遺言の遺言執行者に高田武を指定する。

七 子供らは、母を大切にし末長く仲良くつきあいをせよ。

(別紙)

第二遺言目録

一 私(遺言者)の所有する

観音寺町下津甲一八○○番地の一の土地を吉田ミナヱにぞうよする

一 観音寺町大開甲一七七四番地の土地と家屋

〃 〃 甲一七七五番地の二ノ土地

〃 〃 甲一七八四番地の二の土地と家屋

〃 下柳甲三○一五番地の一の土地

〃 〃 甲三○一五番地の七の土地

〃 〃 甲三○二○番地の二の土地

を吉田利正に贈与する

一 観音寺町下津甲一八○○番地の四の土地

甲一八○○番地の六の土地

を糸川恵美子に贈与する

一 観音寺町下柳甲三○一五番地の二の土地を森野利子に贈与する

一 観音寺町下津甲一九三二番地の一の土地

〃 〃 甲一九三二番地の六の土地

〃 〃 甲一八○三番地の一の土地

〃 〃 甲一八一一番地の一の土地

を恵美子 利子 利美の三名に贈与する

一 私(遺言者)の所有する定期預金はその全額を恵美子 利子 利美に贈与する

一 この遺言書以前に作成した遺言書はその全部を取り消します

(別紙)

第三遺言目録

前に記した内三架橋通ノ土地モーたープルの後土地

下柳甲三○一五ノ二、

三○一五ノ一、

三○一五ノ七、

三○二○ノ二、

に関してわ妻ミナヱにゆずる様に訂正する

(別紙)

第四遺言目録

糸川恵美子に渡した遺言状は全て無効とし田岡弁護士のもとで作成したものを有効とする

(別紙)

第一物件目録

1 観音寺市観音寺町字下津甲一九三二番一

田      一一四・○○平方メートル

2 同市同町字大開甲一七七五番二

宅地     一七一・九○平方メートル

3 同所甲一七八四番二

宅地     七六三・四○平方メートル

4 同市同町字下柳甲三○一五番一

宅地      五一・一三平方メートル

5 同所甲三○一五番七

宅地      三九・二六平方メートル

6 同所甲三○二○番二

宅地     一六五・三六平方メートル

(別紙)

第二物件目録

観音寺市観音寺町字下津甲一八○○番一

宅地     二○一・六一平方メートル

(別紙)

第三物件目録

観音寺市観音寺町字大開甲一七七四番

田      六○八・○○平方メートル

(別紙)

第四物件目録

1 観音寺市観音寺町字下津甲一八○○番四

田      一二二・○○平方メートル

2 同所一八○○番六

宅地     三・三○平方メートル

3 同所甲三○一五番二

宅地     七○・一四平方メートル

(別紙)

第五物件目録

一 預貯金

1 観音寺郵便局  定期預金  六○○万円

2 観音寺信用金庫 普通預金  九万二二八一円

3 右同      定期預金  三一○万円

4 観音寺農協   普通預金  三八万一六三四円

5 右同      定期預金  四○○万円

二 有価証券

1 観音寺農協   出資金   一○万二○○○円

2 観音寺信用金庫 出資金   一○万二五○○円

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